俺カルブログ vol.2 後編 ファミコンランド─幻のチェーン店、資料なき記憶の交差点
- 俺カル

- 2025年10月13日
- 読了時間: 7分
更新日:2025年10月22日
■ 地図・電話帳・断片資料の照合
当時の大手ゲームチェーン店は、ファミコン通信などの全国誌に広告を出稿するのが常だった。広告を出せば特集記事が組まれ、店舗外観などの写真も誌面に残る。結果として、後年の資料としても活用できる。
しかし、ファミコンランドはそれを行わなかったようだ。全国150店舗以上を展開していたにもかかわらず、一次資料が極端に乏しい──それが、このチェーンの特異性であり、謎でもある。


だからこそ、ゼンリン住宅地図、ぴあMAP、タウンページ、WEB上の断片、そして記憶が、重要な手がかりとなる。
たとえばゼンリン地図では、「二代目一宮店」が1992年には未掲載で、1993年に初めて記載されている。これにより、1992年開店の特定が可能となる。これは、ゼンリン地図が出版年の前年の情報から構成されているためである。尚、ぴあMAPでも同様の傾向が見られる。しかし、1988年〜1995年のぴあMAPには、ファミコンランドの掲載は確認できなかった。
またタウンページでは、当時の電話番号をもとに店舗の存在を裏付けることができる。ただし、これらの資料は県立図書館クラスでしか所蔵されておらず、現地調査には物理的な困難が伴う。
こうした断片的な資料を照合することで、記憶と構造が交差し、客観性ある再構成が可能になる。主観的な記憶を、地図や記録と照らし合わせながら再編集する──それこそが、俺カルチャーMAPの編集的アプローチなのだ。

■ 販促物の再現と編集作業
ファミコンランドは、販促グッズにも独自のこだわりを持っていた。中でも印象的なのが、ショップ袋とカセットラベルだ。
ショップ袋は、友達も知らない子も黄色い袋を持っていて、おなじみなものであった。またカセットラベルは、中古ファミコンソフトの裏を見たら必ずいるんじゃないかというくらい市民権を得ていた。俺たちの日常にファミコンランドは溶け込んでいた。
そんなファミコンランドの広報姿勢に敬意を込めて、俺は記憶と断片的な資料をもとに、Illustratorで再現を始めた。
店舗の外観の資料が乏しく、市図書館、県図書館、地元に資料が無いファミコンランドをこの手で再現したいという衝動にかられたのだ。
まず手をつけたのは、店舗の外観。黄色いシャッターに青い看板、竜のキャラクターが描かれたロゴ──それは、俺たちにとって“劇場の正面”だった。アップした写真は、記憶の中の店舗を呼び起こす装置であり、再構成の出発点となった。

ただし、この外観には一点、意図的な“偽物”がある。俺カルMAPのロゴを、ファミコンランド風に自作して外観に乗せた。失われたものを補うために、記憶をもとに作った“舞台装置”だ。本物が残っていないからこそ、偽物を作る。偽物だからこそ、記憶に正直でいられる──そんな思いがある。
さて、ネット界隈の写真として現存するファミコンランドの外観は、チェーンストアとしての派生形なのか、当時自分が通っていた店とは大きく印象が異なる気がしている。地元の店だったファミコンランドの外観写真が残っていないことに、寂しさを感じている人もきっと少なくないと思う。
俺もその一人であり、間違っていてもいいから再現したかった。もし違う場所だったら教えてほしいし、もし記憶を共有できるのならば嬉しい。あの頃の思い出に浸ってもらいたい。俺が作った再現写真は、かつての子供たちの記憶を呼び起こす“舞台装置”なのだから。





■ファミコンランドという劇場──愛知・岐阜に息づくゲーム文化の断片
2001年版『TVゲーム白書』を紐解くと、90年代から2000年代初頭にかけてのゲーム業界の構造変化が、まるで地層の断面図のように浮かび上がってくる。カートリッジからCD-ROMへ、そしてオンラインゲームの夜明けへ──技術革新の波は、遊び方だけでなく、ゲームを取り巻く「場」そのものを変えていった。
とりわけ興味深いのは、地域ごとのゲームショップの分布と密度である。白書に記された「10万人当たりの店舗数」という指標をもとに、愛知県と岐阜県を比較してみると、意外な構図が見えてくる。
愛知県と岐阜県の店舗密度比較(2000年時点)
都道府県 | 人口(2000年) | 10万人当たり店舗数 | 推定店舗数 | 備考 |
岐阜県 | 約2,000,000人 | 5.31店舗 | 約111店舗 | 地方都市型・過密傾向 |
愛知県 | 約7,000,000人 | 4.23店舗 | 約296店舗 | 都市集中型・量販主導 |
岐阜県は人口比で見ると、全国平均「4.26」よりも高い店舗密度を誇っていた。地方都市における「供給過多」の典型例とも言える状況で、同じ市内に複数のゲームショップが乱立することも珍しくなかった。一方、愛知県は名古屋を中心とした都市集中型。店舗数は多いが、量販店やチェーン店が主導する効率型流通が早期に定着していたと思われる。
このような店舗密集状況によって起こった価格競争は利益率を圧迫し、個人からの買入に依存した仕入れは競合の増加によって難しくなっていった。またメーカーによる中古撲滅運動(1996年以降)、流通の直販化、ネット販売の台頭など、業界全体の構造変化が加速する中で、地元密着型の店舗は徐々に立ち行かなくなっていった。
2005年、飯田氏がファミコンランドを手放すという決断を下す。それは単なる経営判断ではなく、地域における文化的役割の転換点でもあった。ファミコンランドという劇場は、静かにその幕を下ろした──ように見えた。
しかしながら、岐阜・愛知のゲーム文化が終わったわけではない。むしろ、形を変えながら今も息づいている。
この記録は、失われた店舗の記憶を再構成する試みであると同時に、岐阜・愛知に刻まれた文化的地層の変化を可視化する、編集的な地図でもある。
かつてそこにあった“場”を、記憶と資料の断片から編み直す。それが、俺カルチャーMAPの思想であり、これからの展望でもある。

参考資料及び出典
飯田欽次 プロフィール|講演依頼・講師派遣のシステムブレーン
七転び八起きの爺さんこと、飯田欽次
飯田欽次さん(株式会社あくと)のプロフィール
レトロゲーム専門ニュースサイト ファミコンのネタ! byオロチ
株式会社あくとHP(現在閉鎖)
ゼンリン住宅地図 一宮市 87年88年92年93年99年
ゼンリン住宅地図 穂積町 2001年
職業別電話帳 西尾張 84年
タウンページ 西尾張 87年88年95年
タウンページ 岐阜地区 2005年
GAMEPIAvol.1 1991年 P170P173P174
ぴあMAP95年中部版 P117
2001年版 TVゲーム白書 P33P216P45P259
ファミコン通信1992年1月3日号 P107
ファミコン通信1992年2月28日号 P10


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